ドバイは都市なのか、国なのか。アブダビとはどう違うのか。そして、この国を動かしているのは誰なのか。日本にいると馴染みがない国家制度なので、意外と知らない方も多いのではないでしょうか。
実は、UAE(アラブ首長国連邦)という国は世界でも珍しい「王族による連合国家」です。7つの首長国がそれぞれ王族を持ち、彼らが集まって国を運営しています。ブルジュ・ハリファやパーム・ジュメイラといった「世界一」の風景も、石油で潤う巨大ファンドも、すべてこの王族たちの意思決定から生まれました。
本記事では、ビジネスでUAEを訪れる方、移住を検討している方、そして観光でドバイやアブダビを楽しみたい方まで、誰もが押さえておきたい「王族国家UAEの基本」を、建物や地名の由来を交えながら、わかりやすく解説します。

AYA
元エミレーツ航空CA。大学卒業後、PCサプライメーカーの営業職に就職。その後オーストラリアへワーホリ、フィリピン英語留学を経てエミレーツ航空CAへと転職。ドバイを拠点に世界中を飛び回る生活を7年、訪れた国は80カ国以上。現在は、生活情報の発信などを行っている。
砂漠の王族国家UAE
7つの首長国が集まった「連合国家」
UAE(United Arab Emirates=アラブ首長国連邦)は、ペルシャ湾に面した7つの首長国が1971年に集まって誕生した国です。首長国とは、それぞれが「首長(アラビア語でシェイク)」と呼ばれる王族トップを持つ、いわば「小さな王国」のようなもの。この7つが連邦を組んで、ひとつの国として機能しています。
7つの首長国
- アブダビ(Abu Dhabi):最大の面積と石油資源を持つ首都。連邦の政治・経済の中心。
- ドバイ(Dubai):世界的な商業・観光都市。高層ビル群と巨大モールで知られる。
- シャルジャ(Sharjah):ドバイに隣接し、文化・教育の拠点として発展。アルコール販売が禁止されている保守的な首長国。
- アジュマン(Ajman):最も面積が小さく、漁業と造船業が盛ん。
- ウンム・アル=カイワイン(Umm Al Quwain):農業と漁業中心の静かな首長国。
- ラス・アル=ハイマ(Ras Al Khaimah):山岳地帯を持ち、観光開発が進む。
- フジャイラ(Fujairah):唯一ペルシャ湾ではなくオマーン湾に面し、港湾都市として機能。
この7つを地図で見ると、アブダビが国土の約85%を占め、ドバイはその北東に位置しています。日本でいえば、「東京都と神奈川県がそれぞれ別の王族を持ち、連邦として協力している」ようなイメージです。
「ドバイ=都市」「UAE=国」「アブダビ=首都」の整理
初めてUAEを訪れる人が実は混乱するのが、この関係性です。
- UAE:国の名前(日本でいう「日本国」)
- アブダビ:首都の名前(日本でいう「東京」)
- ドバイ:UAEで最も有名な都市の名前(日本でいう「大阪」や「横浜」)
つまり、「ドバイに旅行する」は正確には「UAEのドバイ首長国を訪れる」です。パスポートに押されるスタンプには「UAE」と記載されますが、実際に滞在するのはドバイやアブダビといった個別の首長国になります。
ちなみに、ドバイ国際空港(DXB)のコードは「Dubai」から、アブダビ国際空港(AUH)は「Abu Dhabi」から来ています。どちらもUAEの空港ですが、それぞれ異なる首長国に属しているのです。
誰が国を動かしているのか
二大王家と政治のしくみ
UAEを理解する上で欠かせないのが、「ナヒヤーン家(Al Nahyan)」と「マクトゥーム家(Al Maktoum)」という二大王族です。
ナヒヤーン家は、アブダビ首長国を治める王族で、現在の連邦大統領も輩出しています。石油資源の大半を握り、国の安全保障や外交政策を主導する存在です。アブダビの名前の由来は、アラビア語で「ガゼルの父」を意味する「Abu Dhabi」。18世紀にこの地でガゼルを追ったベドウィン(遊牧民)が淡水を発見し、定住を始めたという伝説があります。
マクトゥーム家は、ドバイ首長国を治める王族で、連邦副大統領兼首相を務めています。石油資源に乏しいドバイを、貿易・観光・金融のハブへと変貌させた「開発の仕掛け人」として知られています。ドバイの名前の由来には諸説ありますが、アラビア語で「小さなバッタ」を意味する「Daba」から来たという説や、「這って移動する」を意味する動詞から派生したという説があります。
この二大王家が、実質的にUAEの政治・経済を動かしています。
「連邦最高評議会」という意思決定システム
UAEには議会もありますが、最終的な意思決定権を持つのは「連邦最高評議会(Federal Supreme Council)」です。これは7つの首長国の首長全員で構成され、重要政策や法律、予算、条約などを決定します。
イメージとしては、「7人のオーナーが集まる株主総会」に近いでしょう。各首長が1票を持ちますが、実際にはアブダビとドバイの2大首長国が絶対拒否権を持つため、この2家の合意なしには重要事項は決まりません。
大統領と首相は、この評議会で選出されます。独立以来、大統領はアブダビのナヒヤーン家、首相はドバイのマクトゥーム家が務めるという慣例が続いています。現在の大統領は、シェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン(通称MBZ)。副大統領兼首相は、シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(通称MBR)です。
この政治システムは、民主主義国家とは異なり、「王族による経営」そのものです。ビジネスパーソンにとっては、「誰が最終決裁者か」を理解することが、UAE市場を読み解く第一歩になります。
アブダビ王族
石油マネーと巨大プロジェクトを握る
アブダビは、UAE全体の石油埋蔵量の約95%を保有しています。この富を管理しているのが、世界最大級のソブリン・ウェルス・ファンド(政府系投資ファンド)である「アブダビ投資庁(ADIA)」です。運用資産は推定で1兆ドル近くにのぼり、世界中の株式、不動産、インフラに投資しています。
このファンドを事実上コントロールしているのがナヒヤーン家です。アブダビの経済戦略は、石油収入を元手に世界中に資産を分散し、「石油後の時代」に備えるというもの。再生可能エネルギー企業「マスダール(Masdar)」も、ナヒヤーン家主導で設立されました。
王族の資金でできた観光スポット
アブダビを訪れると、「王族の資金で建設された」施設の壮大さに圧倒されます。
シェイク・ザーイド・グランド・モスク(Sheikh Zayed Grand Mosque)
UAEの建国の父、シェイク・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーンの名を冠したこのモスクは、世界最大級のモスクのひとつです。白亜の大理石で覆われ、世界最大の手織りペルシャ絨毯と、スワロフスキー製のシャンデリアが収められています。建設費は約5億4500万ドル。イスラム建築の美しさを体感できます。

ルーヴル・アブダビ(Louvre Abu Dhabi)
フランス政府との提携により、2017年に開館した美術館です。建設費は約6億5400万ドル。フランスからルーヴルの名前を使用する権利を得るために、30年間で約10億ドルを支払う契約を結んでいます。ドーム型の屋根が特徴的で、「光の雨」と呼ばれる幻想的な光の演出が楽しめます。これもナヒヤーン家の文化投資の象徴です。

エミレーツ・パレス・マンダリン・オリエンタル(Emirates Palace Mandarin Oriental)
かつて「エミレーツ・パレス」として知られたこのホテルは、建設費が約30億ドルとも言われ、王族や国賓をもてなすために建てられました。金箔をあしらった内装と、1キロ以上の専用ビーチを持つ超豪華ホテルです。現在はマンダリン・オリエンタル・グループが運営していますが、所有者はアブダビ政府系企業です。1杯4000円程する24Kカプチーノはここで飲めます。


これらの施設は、観光客にとっては「見どころ」ですが、ビジネス視点では「石油マネーをいかに文化・観光資産に転換しているか」の実例でもあります。
ドバイ王族
観光・航空・金融を押し上げた開発ストーリー
ドバイには、アブダビほどの石油資源がありません。そこでマクトゥーム家が選んだのが、「中東のハブ」としてのポジショニングでした。
1980年代、当時のドバイ首長シェイク・ラーシド・ビン・サイード・アール・マクトゥームは、ジュベル・アリ港(Jebel Ali Port)を開発し、自由貿易地区(フリーゾーン)を設置しました。この戦略が功を奏し、ドバイは物流とビジネスのハブへと成長します。
1985年には、エミレーツ航空を設立。政府の全額出資で立ち上げたこの航空会社は、現在では世界最大級の航空会社のひとつに成長し、ドバイを世界中の都市と結んでいます。エミレーツ航空の成功は、「王族が長期的視野で投資し、短期的な利益を追わなかった」結果です。
そして2000年代以降、マクトゥーム家は不動産開発に大きく舵を切ります。
王族の意思決定が形になった風景
ブルジュ・ハリファ(Burj Khalifa)
2010年に完成した、高さ828メートルの世界一高い超高層ビルです。名前の「ハリファ」は、アブダビの前首長シェイク・ハリファ・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーンに由来します。リーマン・ショック後、資金難に陥ったドバイをアブダビが救済した際、感謝の印として「ブルジュ・ドバイ」から「ブルジュ・ハリファ」に改名されました。開発したのは、ドバイ政府系デベロッパー「エマール・プロパティーズ(Emaar Properties)」です。

パーム・ジュメイラ(Palm Jumeirah)
ヤシの木の形をした人工島で、宇宙からも見える巨大プロジェクトです。開発したのは「ナキール(Nakheel)」というドバイ政府系企業。2000年代前半、当時のドバイ首長シェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド(MBR)が、「ドバイの海岸線を延ばして高級不動産を増やす」という大胆な構想を打ち出し、実現させました。島の名前「ジュメイラ(Jumeirah)」は、ドバイの高級住宅街の名前から取られています。

ドバイ・モール(The Dubai Mall)
ブルジュ・ハリファの隣にある、世界最大級のショッピングモールです。高級ブティックのみならず、水族館、スケートリンク、巨大噴水ショー、VRパーク、恐竜の骨格標本までが入る巨大施設で、年間来場者数は1億人を超えます。これもエマール・プロパティーズが開発しました。ちなみにお手洗いは日本メーカーTOTOが導入されています。

ドバイ国際空港(DXB)とアール・マクトゥーム国際空港(DWC)
ドバイ国際空港は、国際線旅客数で世界トップクラスです。さらに、ドバイ南部には「アール・マクトゥーム国際空港(Al Maktoum International Airport)」が建設中で、完成すれば年間旅客数1億6000万人を処理できる世界最大の空港になる予定です。この空港の名前も、マクトゥーム家に由来しています。

これらすべてが、マクトゥーム家の「世界一の都市を作る」というビジョンから生まれました。
若い王族とSNS時代のリーダー像
ハムダン皇太子とSNSでの発信
ドバイの次世代を担うのが、シェイク・ハムダン・ビン・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム(通称「ファザ」)です。1982年生まれの彼は、2024年7月にUAE国防大臣に任命されています。行政の実務を担いながら、Instagramで1700万人以上のフォロワーを持つインフルエンサーでもあります。
彼のアカウント(@faz3)には、砂漠でのラクダレース、スカイダイビング、詩の朗読、環境保護キャンペーンなどが投稿されています。伝統的な王族のイメージを保ちながら、親しみやすさとモダンさを併せ持つ「次世代経営陣」の姿を発信しているのです。彼は何度も来日経験があり、SNSに都度日本大好きと言う言葉と共に写真をあげてくれているのも嬉しいです。
スポーツ・環境・スタートアップ支援
ハムダン皇太子は、ドバイ・スポーツ・カウンシルの会長を務め、ドバイ・ワールドカップ(競馬)やドバイ・マラソンなどの国際イベントを推進しています。また、「ドバイ・フューチャー・ファウンデーション(Dubai Future Foundation)」を通じて、AI、ブロックチェーン、宇宙開発などの分野でスタートアップ支援を行っており、イーロン・マスク氏との対談の様子もSNSにあがりました。
王族国家ルールとは?
政党なし、最終決裁は王族側
UAEには政党が存在しません。選挙で選ばれる議会(連邦国民評議会)はありますが、諮問機関としての性格が強く、実際の政策決定は王族と政府高官が行います。
ビジネス環境に大きな変化
2020年以前、UAEでビジネスを始めるには51%以上の株式を現地パートナー(UAEの国民や企業)に譲渡する必要がありました。しかし法改正により、フリーゾーンではなくメインランドでも外国人が100%の株式を保有できるようになりました。これは、UAEのビジネス環境における歴史的転換点です。(※それぞれに条件などはあります)
フリーゾーン(自由貿易地区)での起業
- 外資100%所有が可能(法改正前から継続)
- 税制優遇措置あり
- ドバイ・インターナショナル・フィナンシャル・センター(DIFC)、ドバイ・マルチ・コモディティ・センター(DMCC)、アブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)などが代表的
メインランド(本土)での起業
- 2020年以降、多くの業種で外資100%所有が可能に
- UAEの全土で営業活動ができる
- 政府調達への参加も可能
不動産投資
- フリーホールド地域では、外国人が土地・建物を100%所有可能
- エマールやナキールなどの政府系デベロッパーだけでなく、多様な民間デベロッパーからも購入可能
- ドバイでは、外国人投資家向けの物件選択肢が豊富
一般的なビジネスや投資では自由度が大幅に向上した一方、国家戦略に関わる分野では依然として王族系エンティティが主導権を握っています。
観光客も注意すべきマナー
王族や政治に関する発言やSNS投稿には、観光客でも注意が必要です。UAEの法律では、王族への侮辱や批判は犯罪とみなされ、罰金や懲役刑が科される可能性があります。
- 王族の写真を無断で撮影し、SNSに投稿する
- 王族や政府を批判する内容をSNSに書き込む
- 宗教(イスラム教)を侮辱する発言や行為
- 国旗や国歌を侮辱する行為
また、公共の場でのアルコール摂取や薬物の所持なども違法です。ドバイはリベラルな印象がありますが、法律は厳格です。
おわりに
UAEは、7つの王族が協力して運営する世界でも稀有な国家です。2020年の法改正により、一般的なビジネス環境は大きく開放されました。外国人投資家や起業家にとって、UAEはかつてないほど参入しやすい市場になっています。観光で訪れるなら、建物や地名の裏にある王族の物語を知ることで、旅の深みが増すでしょう。 UAEを訪れる際は、ぜひこの「王族の国」という視点を持って、街を歩いてみてください。きっと、見える風景が変わるはずです。
ドバイ生活に関する気になること、ご質問やご不明点などあればいつでも下記よりお問い合わせください。

